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M&Aは企業を幸せにするか?

少子高齢化や情報技術の発展により企業の淘汰が進んでいます。外部環境の変化を受け成長戦略の見直しや事業承継などを理由にM&Aが行われる機会も多くなりました。果たしてM&Aにより企業は幸せになるのか?ちょっとしたフィクション事例を作ってみました。



背景(設定)                               


A社は食品製造業を営む創業70年の中小企業でした。地元での知名度は高く、業績は安定していました。しかしながら数年前にM&Aを受け経営権を失いました。M&Aを仕掛けた企業はA社と同じ業種業態の商品を取り扱う子会社Bを有しており、M&Aの目的はA社と子会社Bとのシナジー効果を期待しての経営統合(水平統合)でした・・・。


ポイント1 商売の仕方                          


A社には創業以来、長年信頼を得てきた得意先と商品がありました。70年の間に得意先や商品の淘汰はあったものの知名度が上がるにつれて得意先数も商品数も増えていきました。得意先数や商品数が多いことは対応に人手と時間をかけることになりますので、生産効率は落ちますが、それでも信頼を大切にルートセールスで少額取引の顧客に対しても商品を届けてきました。一般的に製造業者の販売ルートには販売者(加工者)に商品を直接的に販売するケースと、問屋を介して間接的に販売するケースがあります。問屋を介しての販売は経路を短くすることができますので製造業者の効率は改善されます。しかしながら一方で問屋が必ずしもすべての販売者と取引するとは限りませんので、販売者にとっては欲しい数量、価格、タイミングで仕入れる機会が減ることになります。A社は、そのような困りごとを抱える顧客の要望を聞き入れてきました。つまり生産効率を落としてでも大手が参入できないニッチな生存領域で事業を展開していました(販売ルートのウェイト:販売店>問屋)。一方で子会社BはA社との販売ルートとは異なり問屋を介して商品を販売してきました。ゆえに商談型の営業でルートセールスはありませんでした(販売ルートのウェイト:問屋>販売店)。販売ルートが異なる2社のどちらの商売を採用すべきか検討した場合、営業生産性(売上高に対する営業拠点スタッフ数)を計算するとA社より子会社Bが高くなります。当然、経営層は子会社Bの方が効率が良いと判断し、その販売方法に合わせるようになります。A社は商売の変更(戦略の変更)を余儀なくされ売上高は落ちました。同じ業種業態であっても戦略が異なれば、経営指標に違いがでることは普通にあります。経営指標を用いての評価は大切ですが、効率だけで販売戦略を決定することには注意が必要になります。


ポイント2 物流拠点の選択                        


A社はルートセールスをメインに商品の販売をおこなっていましたが、営業拠点までの商品の中継や取引先からの要請により物流会社を活用することもありました。物流会社の選定については、得意先要請があるものは要請に従い、ないものは各都道府県の有力な物流会社を活用していました。一般的に販売経路は、製造業者⇨物流会社⇨販売者になります。バリューチェーン上、製造業者と販売者との間に位置する物流会社は、いわば両者を仲介する立場になりますので、両者を結びつけるためのチェーンを創る必要があり、販売者が求める受発注システムや納品時期などの要望を製造業者に求めることになります。システムで繋がっている以上は商品番号や価格などの情報を複数社で共有することになりますので3社間には強い信頼関係が構築されます。従っていちど組み込んだ仕組みを変更することは容易ではありません。また物流会社は全国にネットワークを構築している企業のほか、地域ごとに地元に根付いた企業も多く存在しています。古くから地域内の配送を担ってきた地方の物流会社は地元企業との信頼が強いこともありますので狭いエリアの配送には地元の物流会社を活用するケースも多いです。子会社BもA社と同じく地元で対応できる物流会社を採用し独自の物流拠点を築いていました。それを全国にネットワークを構築している物流会社を採用することでシナジー効果を求めようとしても実現に向けては労力とサービスの低下、トラブル発生リスクが高まる点に注意が必要になります。


ポイント3 商品名(記号)        


A社は製造、販売する商品を商品名(記号)で管理しています。得意先数や商品数が増えるにつれ、都度商品名を考えていては非効率的になることから、長年の試行錯誤の末、ひとつの商品名から枝分かれで類似した別の商品名になったり、サイズ違いで別の商品名にするという一定の規則性に基づいた商品名をつけるようにしていました。一般的に製造業者はA社と同じように商品を商品名で管理していますが、その管理方法は各社が独自に試行錯誤した末の規則性に基づいたものになっています。ゆえにA社と子会社Bの商品名の管理方法も当然ながら異なっており、それらを統合させることは容易ではありません。2社の商品名を統合しようと思えば、ゼロから規則性を考え直し、さらにデータベースも変更させる必要がでてきますが、それらは得意先や物流会社、工場内とも紐ついていますので簡単にリセットできるものではありません。それを効率を求め統一管理しようと考えても簡単にできるものではなく、実現に向けてはかなりの労力とトラブル発生リスク、莫大なシステム開発費を要する点に注意が必要になります。


ポイント4 モノづくりへのこだわり       


A社の強みは商品にもありました。原材料にこだわり、手間をかけて商品を製造してきました。そのため小ロット生産がメインになっていました。原材料は高くても品質の良い自社スペックを購入し、さらに工場内でも人手をかけて原材料の品質選別をおこなっていました。添加物はできる限り使用しないよう心掛け、昔ながらの製法で愚直に製造をおこなってきました。一般的に同じ原材料を使用し大ロット生産で工程をできるだけ少なくし、機械化を進めることで生産効率を高めることができます。しかしながら、そのような製法は商品のコモディティ化を進める結果となるため他社との差別化を図ることは難しくなります。A社の戦略は価格競争ではなく、生産効率は悪くとも顧客の信頼を裏切らないことにあり、そしてその価値を理解している顧客のためにも製法を変えることはありませんでした。一方で子会社Bにはそのような考え方はありませんでした。効率を求め製造コストを下げることで価格競争に勝つことに力を入れていました。同じ業種業態であっても戦略が異なれば商品ストーリーに違いがでます。生産効率を高めることは大切ですが、効率だけで生産戦略を決定するには注意が必要になります。


ポイント5 経営指標の選択                        


A社は地元に根付いた企業でした。外部環境が変わり効率が求められる時代においても非正規ではなく正社員を増やすことで地元貢献に努めてきました。尤も地元貢献をさらに活性化しようと思えば、企業の内部留保を増やし、その資金を投資に回すことで全国的に有名な企業になることができれば地元はさらに発展し雇用も増やせるとの声があるかもしれません。これは個人的な意見になりますが、全国的な企業になるためには戦略の見直しが必要になります。全国的な企業になるということは競争相手がリーダー企業になりますが、中小企業は大手企業のような資金力はありませんので、追従することはハードルが高いと言えます。従ってそこまであるべき姿は描かなくても良いのではないかと思っています。一方で子会社Bは正社員より非正規社員の数が多い傾向がありました。ゆえに売上高人件費率(売上高に対する人件費の割合)は子会社Bの方が良好ということになります。

またA社は定額の投資を毎年おこなってきました。それは地元との関係を深め、将来的に会社を存続させるための種蒔きという考えがありました。一方で子会社Bにおいて投資はコストアップにつながることから積極的におこなっていませんでした。例えば設備投資(既存設備の改良含む)を行えば償却費が、また新規正社員を採用すれば人件費が、宣伝広告すれば経費が掛かることになります。ゆえに売上高固定費比率(売上高に対する固定費の割合)は子会社Bの方が良好ということになります。

一般的な経営指標のひとつに付加価値額があります。付加価値額は営業利益だけではなく人件費と償却費も加えた額になります。それは地域経済の発展は自社の利益だけで達成されるものではなく、地域の雇用確保と周辺企業への経済効果も考慮する必要があるからです。その付加価値額で評価した際はA社の方が良好ということになります。

経営指標には収益性、効率性、成長性などがありますが、一義的な指標だけで評価することには注意が必要になります。


まとめ                                  


例えば「お客さまの食卓に満足をお届けします」とのビジョンを掲げたC社とD社があったとします。仮にC社は価格を安くすることで満足を届けたいと考え、D社は価格は高くても食べたときの満足を届けたいと考えていれば、同じ業態業種でかつ同じビジョンであったとしても企業として進む道は異なってきます。上記で解説したA社と子会社Bの状況をひとことで表すとC社とD社ほどの違いがあり、それらを統合することが可能であるか?そして統合によりWin-Winの関係が築けたのか?という視点で企業が幸せになったのか否かを評価していただければと思います。

M&Aのデメリットには「企業文化の非融合」「旧社間の対立」「従業員の心理的不安・不満」「新たなシステム・ルールによる混乱」があります。企業文化は長い年月をかけ暗黙知に共有されたものであり価値観や信念として従業員の行動や考え方に影響を与えます。つまり各企業が自社の独自性(アイデンティ)を築き、全体最適を図った完成形が現在の状態であると言えます。従って企業ごとに「戦略・戦術」「機能別組織の強み」「販売商品の強み」「販路の強み」の違いがあることは当然のことであり、それをひとつの組織に統合し、その新組織の全体最適を図ろうとすれば、各社の全体最適が崩れることによって各社の強みが活かしきれず総崩れとなる危険性があります。その危険性を回避するためには各社の全体最適や強みを超えた新組織の全体最適と強みが構築されなければなりません。また仮に、各社の全体最適や強みを超えた新組織の全体最適と強みが構築されたとしても、実行するのは従業員です。従業員の理解と協力が何よりも重要になります。どれだけ素晴らしい戦略があっても従業員が動かなければ絵に描いた餅になってしまう点は注意が必要になります。

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